言葉にすると、なぜ楽になるのか
当社は「心を測る」ことを事業の柱に据えています。ただ、そう名乗るからには、測った結果を公表していく責任があると考えています。この記事は、その第1回にあたります。
最初にお断りしておきます。今回、自社サービスのデータは一切使っていません。使えるものはあります。worry.team のβ版には、相談の文章と、そのときの気分のスコアが蓄積されています。突き合わせれば、それらしい数字は出せます。
ですが、相談の内容は法律上、要配慮個人情報にあたります。研究目的で使うことについての同意と、利用規約の整備が先です。そこが済むまでは分析しませんし、公表もしません。その手順を飛ばして出した数字で「心を測る」を名乗るわけにはいきません。
ですので第1回は、公表されている研究のレビューから始めます。分かっていること、分かっていないこと、そして日本語で使うときに何が引っかかるかを整理します。
問い:「話すと楽になる」は、本当か
悩みを聞くサービスは、この前提の上に立っています。ですが「本当か」「どれくらいか」を確かめずに事業をやるのは、体温計を売る会社が温度を測ったことがないのと同じです。文献にあたると、答えは3層に分かれていました。
① 感情に名前をつけると、反応が下がる
Lieberman らの2007年の研究(Psychological Science, 18巻5号)です。
ネガティブな表情の写真を見せながら、一方のグループにはその感情に名前を選ばせ(「怒り」「恐れ」など)、もう一方には別の作業をさせて、脳の活動を比べました。結果、名前をつけたグループでは扁桃体の反応が下がり、右の腹外側前頭前皮質の活動が上がりました。
感情に言葉を当てるという作業そのものが、感情の反応を弱めるほうに働いている。これが、いま「言語化」と呼ばれているものの、いちばん確かな土台です。
② 書くことの効果は、確かにある。ただし小さい
ここがいちばん大事な数字です。
Frattaroli による2006年のメタ分析(Psychological Bulletin)は、146件のランダム化比較試験をまとめたものです。つらい出来事について書く、話す、といった「打ち明ける」介入の効果を集計しています。
全体の効果量は r = .075(Cohen’s d でおよそ 0.15)。統計的には有意だが、小さい。
この数字をどう読むか。「効果はない」ではありません。146件を集めて有意に出ているのですから、効果はあります。ですが、人生が変わるような大きさではありません。そして研究ごとのばらつきが非常に大きい、つまり効く条件と効かない条件があるということです。
「AIに話すだけで悩みが消えます」と書いている事業者は、この数字を知らないか、知っていて黙っているかのどちらかです。当社は、知ったうえで小さいと書きます。小さい効果を、続く形で積むにはどうするか。それが設計の仕事だと考えているからです。
③ 言葉には、状態が出る
3つめは、測る側の話です。書かれた文章から、その人の状態はどこまで読めるのか。
- 一人称単数の使用:「私」「自分」といった語をよく使う人ほど、抑うつ傾向が高い。Edwards & Holtzman による2017年のメタ分析(21研究・計3,758人)では、相関は r = .13(95%信頼区間 .10〜.16)でした。確かに関係はあるが、非常に小さい相関です。
- 断定的な語:「絶対」「全部」「決して」といった、程度の幅を持たない語。Al-Mosaiwi & Johnstone による2018年の研究(Clinical Psychological Science)では、不安・抑うつ・希死念慮を扱うネット掲示板で、対照群より明らかに多く使われていました。さらに希死念慮の掲示板では、不安・抑うつの掲示板よりも多い。興味深いのは、「悲しい」「つらい」といった感情語よりも、この断定的な語のほうが状態の重さをよく追跡していた点です。
ここから引き出した、4つの設計方針
- 言語化させる設計にする。ただし誇張しない。感情に名前をつける作業には根拠があります。当社のサービスが「話す」ことを中心に置くのは、この一点に基づいています。
- 効果が小さいなら、回数で積む。1回で変わる、とは言えません。ならば「続けられること」が設計の主題になります。効果量の小ささは、事業の否定ではなく仕様です。
- 測るのは集団の傾向であって、個人の診断ではない。私たちが以前「体温計は熱を下げない」と書いたのは、この線引きの話でした。
- 断定的な語のような指標は、単独で使わない。危険の早期検知に使える可能性はありますが、それだけを根拠に何かを判断させる作りにはしません。
日本語には、そのまま持ち込めない
最後に、このレビューでいちばん引っかかった点を書きます。
ここまで挙げた研究は、ほぼすべて英語のデータで行われています。そして「一人称単数の使用頻度」という指標は、主語を省略できる日本語には、そのままでは移せません。英語では文法上ほぼ必ず I が要りますが、日本語では「私は」と書くかどうか自体が選択です。頻度の意味するものが、そもそも違います。
断定的な語のほうは、まだ移せる可能性があります。ただし「絶対」「全部」に対応する日本語の語彙リストを、誰かが作って検証しなければなりません。そこは、まだ空いています。
次にやること
- 利用規約に、研究利用の条項を入れる。要配慮個人情報についての同意を、正しい形で取り直す。
- 匿名化と集計単位を先に決める。個人が特定されない形でしか集計しない、を仕組みとして固定する。
- 日本語版の語彙指標を作る。断定的な語の日本語リストを作り、公開データで検証する。
- レポート002へ。ここまでが済んだうえで、自社データでの検証に進みます。
当社は、レポートを3本出すまで「研究所」を名乗らないことにしています。これがその1本目です。数字が出たら、都合の悪いものも含めて、ここに書きます。