「普通の男性でいいんです」を
確率で計算したら、全国に約100人だった
SNSで流れてきた1枚の画像がある。婚活アドバイザーの言葉に、12個の条件が続くというものだ。
「女性は決して高望みしているわけではありません。普通の男性でいいんです」
——そして、こう続く。年収600万円以上/身長175cm以上/大卒/正社員/清潔感がある/優しくて誠実/コミュ力が高い/家事育児に協力的/ギャンブル、タバコをやらない/休日は一緒に過ごしてくれる/将来設計ができている/もちろん容姿も平均以上。
笑い話として消費される類の画像だ。だが面白いのは、この12条件のうちいくつかには公的統計に実際の分布があるという点にある。分布があるなら、確率が出る。確率が出るなら、掛けられる。やってみると、この話の本題が婚活ではなく「掛け算」そのものにあることが見えてくる。
あなたの条件でそのまま計算してくれるプロンプトを置いておきます
下のプロンプトをコピーして、ChatGPT・Claude・Geminiのどれかに貼り付けるだけです。条件の部分をご自分の希望に書き換えてください。「どの条件を1つ外すと、候補が何倍に増えるか」まで出してくれるので、何を諦めると一番ラクになるのかが分かります。
あなたは日本の統計に詳しいデータアナリストです。 下の「求める条件」をすべて満たす人が、実際にどれくらいの割合でいるのかを計算してください。 【求める条件】 ・年収600万円以上 ・身長175cm以上 ・大卒 ・優しくて誠実 (※ここを自分の希望に書き換えてください。数はいくつでも構いません) 【相手の想定】 ・性別:男性 ・年齢:28〜38歳 ・未婚 【やってほしいこと】 1. 条件ごとに、日本の公的統計(国税庁「民間給与実態統計調査」、厚生労働省「国民健康・栄養調査」、国勢調査、労働力調査など)から該当する割合を出してください。年収や身長のように分布が分かるものは分布から計算し、根拠を一言そえてください。 2. 統計が存在しない条件(性格や生活習慣など)は、「統計が無いので仮に◯%」と正直に断ってから数字を置いてください。 3. すべて掛け合わせて、「◯人に1人」と「対象人口のうち何人くらいか」を出してください。宝くじなど身近な確率にも例えてください。 4. その掛け算が妥当かどうかを検討してください。互いに関係の深い条件(例:学歴と雇用形態、生活習慣と誠実さ)があれば指摘し、相関を考えた現実的な範囲も示してください。 5. 条件を1つだけ外したときに、該当する人が何倍に増えるかを一覧にしてください。増え方が大きい順に並べてください。 6. 最後に、条件を3つまで緩めるとしたらどれを緩めるのが一番効率的か、理由つきで提案してください。 統計の知識がない人にも分かる言葉で、表を使ってまとめてください。
うまくコピーできないときは、枠の中を選択してコピーしてください。出てくる数字は公的統計をもとにした推定なので、あくまで目安としてお使いください。
1. 分布があるものは、分布から出す
まず、統計から素直に確率が出る条件から片付ける。対象は25〜39歳の未婚男性とした。
- 年収600万円以上:給与所得は対数正規分布に近い。国税庁「民間給与実態統計調査」から30代男性の中央値をおよそ440万円、対数標準偏差を0.50と置くと、z=(ln600−ln440)÷0.50=0.62。上側確率は26.8%。
- 身長175cm以上:身長はきれいな正規分布になる。厚生労働省「国民健康・栄養調査」から20〜40代男性の平均171.5cm、標準偏差5.8cm。z=(175−171.5)÷5.8=0.60で、27.3%。
- 容姿も平均以上:ここは統計を引く必要すらない。「平均(中央値)以上」は定義上ちょうど50%である。
残りのうち、大卒(国勢調査ベースで25〜39歳男性のおよそ38%)と正社員(労働力調査で同年代のおよそ88%)は集計値がそのまま使える。「ギャンブル、タバコをやらない」は、非喫煙70%×非ギャンブル75%で52.5%とした。
問題は残り6つ——清潔感、誠実さ、コミュ力、家事育児への協力、休日の過ごし方、将来設計。これらに公的統計は存在しない。ここは「女性から見て及第点」の割合を仮置きし、あとで感度分析で揺らす。
| 条件 | 根拠 | 確率 |
|---|---|---|
| 年収600万円以上 | 対数正規分布 LogN(中央値440万, σ=0.50) | 26.8% |
| 身長175cm以上 | 正規分布 N(171.5cm, 5.8cm) | 27.3% |
| 大卒 | 国勢調査(25〜39歳男性) | 38% |
| 正社員 | 労働力調査(同年代の正規雇用率) | 88% |
| 清潔感がある | 統計なし・仮置き | 40% |
| 優しくて誠実 | 統計なし・仮置き | 50% |
| コミュ力が高い | 「上位3割」と解釈 | 30% |
| 家事育児に協力的 | 「上位3割」と解釈 | 30% |
| ギャンブル・タバコをやらない | 非喫煙0.70 × 非ギャンブル0.75 | 52.5% |
| 休日は一緒に過ごしてくれる | 統計なし・仮置き | 60% |
| 将来設計ができている | 統計なし・仮置き | 30% |
| もちろん容姿も平均以上 | 中央値の定義から | 50% |
2. 掛けてみる
すべて独立と仮定して、上から順に掛けていく。縦軸を対数にとると、その落ち方はほとんど直線になる。
条件を1つ足すたびに、確率は対数目盛の上をまっすぐ落ちていく。
| 範囲 | 確率 | 25〜39歳の未婚男性 約500万人中 |
|---|---|---|
| スペック4条件のみ(年収・身長・学歴・雇用) | 1/41 | 約122,000人 |
| 客観6条件(+タバコ/ギャンブル・容姿) | 1/156 | 約32,000人 |
| 全12条件 | 1/48,000 | 約104人 |
2.08×10⁻⁵。日本の人口1億2000万人の中に、約100人。厳密には「25〜39歳の未婚男性およそ500万人のうち104人」という計算だが、桁の感覚としてはそういうことだ。しかもこの100人を、全国の未婚女性が奪い合うことになる。
3. どのくらいの「当たり」なのか
10のマイナス5乗と言われても直感が働かない。身近な確率に並べてみる。
- 年末ジャンボを1枚買って100万円以上:1ユニット2,000万枚に対し、3等100万円が40本、2等1,000万円が4本、1等とその前後賞が3本。合わせて47本で1/425,532。全12条件よりさらに9倍厳しい。
- 1セット(10枚・3,000円)買って100万円以上:1/42,554。全12条件(1/48,000)とほぼぴったり一致する。
- 1年間に交通事故で死亡する確率:年間の死者数はおよそ2,600〜2,700人。人口1.24億人で割ると2.16×10⁻⁵。これも誤差数%で一致する。
「条件を全部満たす男性に出会う確率」は、「宝くじを1セット買って100万円以上を引く確率」であり、「あなたが今年、交通事故で亡くなる確率」でもある。
4. ここからが本題——その掛け算、していいのか
ここまでの計算には、はっきりした前提がひとつ置かれている。12の条件がすべて独立であるという仮定だ。確率をそのまま掛けてよいのは、独立なときだけである。
では実際はどうか。条件を2つのグループに分けると、話がきれいに分かれる。
- ほぼ無相関なグループ:年収600万・身長175cm・容姿・コミュ力。年収が高いからといって背が伸びるわけではない。この4つの掛け算(26.8%×27.3%×50%×30%≒1.1%)は、独立仮定のままでほぼ正しい。
- 強く相関するグループ:残り8つ。大卒と正社員は明らかに連動する(大卒なら正社員率は95%前後)。さらに清潔感・誠実さ・家事育児・将来設計・非喫煙/非ギャンブルは、要するに「生活が整っている」という単一の潜在因子にほぼ乗っている。1つ満たす人は、他も満たしやすい。
後者を素朴に掛けると0.19%(1/527)になるが、これは明らかな過小評価だ。共通因子で相関係数0.5程度を入れて計算し直すと、この8条件は1/50〜1/100まで緩む。
| 範囲 | 独立と仮定 | 相関を入れた場合 |
|---|---|---|
| 無相関4条件(年収・身長・容姿・コミュ力) | 1/91 | 1/91 |
| 残り8条件 | 1/527 | 1/50〜1/100 |
| 全12条件 | 1/48,000 | 1/5,000〜1/9,000 |
独立を仮定した瞬間、答えは一桁ずれた。しかも「実際より厳しく」出る方向に。
それでも500万人中550〜1,000人、東京の未婚男性約100万人に換算して100〜200人という水準ではある。婚活パーティー1回に50人来るとして、2,000〜4,000回参加してようやく1人という計算だ。結論の骨格は変わらない。だが「10倍間違えても結論が変わらなかった」ことと、「10倍間違えなかった」ことは、まったく別である。
5. これは婚活だけの話ではない
条件を並べて確率を掛ける、という操作は、実務のいたるところで行われている。そして独立性が確認されることは、ほとんどない。
- マーケティングのファネル:「訪問→登録→トライアル→契約」の各通過率を掛けて総CVRを出す。だが後段に進む人はもともと熱量が高い。正の相関があるため、実際の総CVRは掛け算より高く出る。見積もりが保守的すぎて、伸びるはずの施策を捨てることになる。
- システムの信頼性設計:「サーバーを3台冗長化したから、同時故障確率は0.01の3乗で100万分の1」。しかし同じ電源、同じデータセンター、同じ設定ミス——共通原因故障がある。ここでの独立仮定は、リスクを過小評価する危険側に倒れる。
- AIモデルの評価:「10項目のチェックを全部通ったから安全」。その10項目が同じ弱点を見ているなら、それは1項目を10回やったのと変わらない。
独立仮定の誤差は、安全側にも危険側にも倒れる。どちらに倒れるかは、相関の符号が決める。掛け算そのものは誰にでもできる。難しいのは、掛けてよいかどうかを判断するほうだ。
この計算は、誰かの希望を責めるためのものではない。むしろ逆で、12個の条件は一つひとつ見れば、どれも無茶な要求には見えない。年収600万は4人に1人いるし、175cmも4人に1人いる。優しさも清潔感も、常識的な願いだ。
無茶になるのは、それらを並べて掛けた瞬間である。人間の直感は掛け算にひどく弱い。26.8%と27.3%を並べても、脳はそれを「7%」とは感じない。ましてや12個ともなれば、感覚はもう何の役にも立たない。
直感が届かないところに、数字を置く。それが「測る」ということだと思う。