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構造化力は、四年かかる

POSII COLUMN

構造化力は、四年かかる

——「抽象化の抽象化」続編。付け焼き刃は、どこでばれるのか

「構造化力はどうすれば身につくのか」という投稿が、三十六万回読まれていた。書かれていることに、反論はひとつもない。正しい。正しいのだが、読み終えて残ったのは別の感想だった——これは、大学が四年かけてやっていることだ。

三十六万人が読んだ、正しい話

デザインマネージャーの太田賢一氏が、自分は構造化力をどう身につけたかを書いている(※1)。要約すると、こうだ。

採用活動のために「コンピテンシーマップ」を描いた。各グレードのラダーを引き、フェーズごとに必要なスキルを言葉にしていく。目標 → 評価軸 → 基準 → 人物像 → 確認、という流れで一本につながったとき、採用は一つの構造になった。面接の前には、そのマップから「求めたいスキル」を抽出し、それを確かめる質問に翻訳しておく。すると、何を質問すればよいかは構造の側が教えてくれる状態になる。

「構造化とは、全体像を把握し、部分と部分、部分と全体の関係性を整理すること」太田賢一「構造化力を身につける方法」(X、2026年6月19日)

前回の記事(抽象化の抽象化——一歩引くことが、なぜ発見になるのか)の言葉に置き換えるなら、彼がやっているのは、採用という具体から何を捨てるかを決めて骨格を取り出し、面接という具体に戻ってきて前より詳しく見えるようにする、という往復である。抽象化の作法として、これは教科書どおりに正しい。

正しい。ただし、これは「方法」ではない

ただ、タイトルは「構造化力を身につける方法」である。そして本文には、はっきりこう書かれている。「私の場合、”採用活動”で学びました」。

ここが引っかかる。書かれているのは方法ではなく、訓練の記録だ。レシピの形をしているが、中身は登山記録である。同じ道を行けば同じ頂上に着くとは限らないし、何より、そこにはかかった時間が書かれていない

先に断っておくが、書かれていること自体は正しい。確かに正しい。だが、正しい文章を読んだからといって、その力が身につくわけではない。読むことと身につけることのあいだには、必ず訓練が挟まっている。そして正しく身につけるには、長い歳月の訓練が要る。

コンピテンシーマップを一枚描くだけなら、今日できる。テンプレートは無数にあるし、生成AIに頼めば三十分で埋まる。だが太田氏が身につけたのは、マップを描く手つきではない。描いたマップが現場でずれたときに、どこを引き直せばよいかがわかる感覚のほうだ。そちらは、往復の回数からしか出てこない。

おそらく太田氏自身は、大学できちんと学んできたか、あるいは実務のなかで長い時間をかけてこれを身につけた人なのだと思う。そして——ここが肝心なのだが——身につけた人ほど、自分がそれにどれだけの時間を払ったかに気づかない。すでに身体に入ってしまったものは、無色透明になる。だから「こうすればよい」と書ける。書けてしまうのだ。

あの投稿に書かれている構造は、大学で学んだことの応用であり、実践のなかで実際に使えるようになるまでには長い年月がかかる部分である。手順そのものは今日から真似できる。だが、真似が実用に変わるまでの距離は、手順の側には書かれていない。

「こうすれば身につく」という文章から読者が受け取れるのは、結論であって、時間ではない。

大学が四年かけてやっていること

前回書いたことの繰り返しになるが、大学とは抽象化の訓練所である。物理は空気抵抗を捨てる方法を教え、経済学は生身の人間から欲望と選択だけを抜き出して効用と呼び、法学は「故意」という日常語の顔をした抽象概念に厳密な定義を与える。

だが、訓練の実質は科目の内容ではない。手続きのほうだ。学生が四年間で何を繰り返しているのかを抽象化して並べると、こうなる。

  • 与えられた定義でものを見る:半年間、その定義の眼鏡を外さずに現象を眺めさせられる。まず、借り物の構造を身体に通す。
  • 定義からはみ出す例にぶつかる:教科書の枠にどうしても入らない事例が必ず出てくる。ここで初めて、定義には境界があるということが体感される。
  • 他人に壊される:レポートやゼミで「その切り分けだと、これはどっちに入るのか」と詰められる。自分の構造が、公開の場で破壊される。
  • 引き直して、また出す:締め切りがあるので、納得していなくても引き直して提出しなければならない。逃げられない。

この四工程を一周と数えると、学部生は四年で何十周も回されている。しかも、心理学の切り分け、統計学の切り分け、法学の切り分けと、互いに相容れない体系を並行して回す。同じ「人が人を殺す」という出来事を、故意で切る体系と、衝動で切る体系と、統計で切る体系のあいだで往復させられる。

大学で鍛えられるのは、構造をつくる力ではない。構造を壊され、引き直した回数のほうである。

付け焼き刃の構造化は、どこでばれるか

フレームワークの本と実務の勢いだけで構造化を身につけようとすると、たいてい途中で止まる。止まった状態には、はっきりした兆候がある。

  • 箱が三つか四つで固定される:覚えたフレームワークの升目の数が、そのまま思考の解像度の上限になる。どんな問題も同じ升目に流し込まれる。
  • 境界がどこも痛くない:前回書いたとおり、良い定義は境界で必ず何かを排除するので痛い。付け焼き刃の構造は、誰も傷つけないかわりに、何も言っていない。
  • 具体に戻すと、事例がどの箱にも入る:あるいは、どの箱にも入らない。MECEに見えていたものが、現場の一件で崩れる。
  • 反例を「例外」と呼んで処理する:構造を引き直す代わりに、合わない現実のほうを脇に置く。ここで往復が止まり、以後どれだけ経験を積んでも一周目のままになる。
  • 他人の構造と接続できない:自分の図の中でだけ閉じている。太田氏が「デザイナーではない他職種にも納得できる言葉で説明する」と書いているのは、まさにこの接続の話だ。

手元にある構造を、ひとつ試してみてほしい。——その構造を採用したことで「言えなくなったこと」を、三つ挙げられるか。挙げられないなら、それは構造ではなく、ただの箇条書きである。

なぜ、四年かかるのか

時間がかかるのは、知識の量のせいではない。往復の回数のせいである。

実務での一周は、とにかく長い。採用の構造をつくり、それを面接に当て、ずれに気づき、マップを引き直す——一周に半年から一年かかる。事業でも同じで、仮説の構造が現実に壊されるまでに四半期は要る。実務とは、報酬は大きいが、フィードバックの間隔が異常に長い訓練環境なのだ。

大学がやっているのは、この一周を週単位まで圧縮することである。レポート、演習、ゼミ、試験——あれらは知識を教えるための装置ではない。回転数を上げるためだけに存在している。四年間の学費と時間で買っているのは、知識ではなく、他人に構造を壊してもらえる回数である。

だから、大学でそれをやってきた人と同じ地点に立とうとすると、大学の外でも、結局それに相当する回数の往復が要る。近道がないという話ではない。近道とは往復の間隔を短くすることしかなく、それを本気で短くしても四年くらいはかかる、という話である。

では、大学に行っていない人はどうするか

学歴の話をしたいのではない。回転数を上げる設計は、大学の外でも作れる。ただし、意識して作らないかぎり作られない。

  • 領域を変えない:三年は同じ領域に留まる。移るたびに往復の蓄積はリセットされる。「いろいろな業界を経験した」は、構造化力にはほとんど効かない。
  • 週に一度、他人に壊させる:自分の構造を、その領域に詳しくない人に説明する。詳しい人ではなく、詳しくない人がよい。専門用語で誤魔化せなくなるからだ。
  • 反例をわざわざ集める:自分の構造に入らない事例を探しに行く。集まったら箱を引き直す。この工程を飛ばすと、何年やっても一周目で止まる。
  • 一次資料を読む:解説書ではなく、定義が書いてあるほうを読む。フレームワークの紹介記事は、他人が捨てたあとの残りかすであって、何を捨てたのかは書かれていない
  • 締め切りを作って書く:レポートの本質は、内容ではなく締め切りである。未完成でも出す、という強制がなければ、人は自分の構造を引き直さない。

太田氏の投稿は、実のところ、この設計そのものになっている。マップを描き、質問に翻訳し、他職種と擦り合わせる。だからあの投稿は正しい。書かれていないのは、それを何周やったか、である。

ガロアは、大学に落ちている

前回の主役だったエヴァリスト・ガロアは、名門エコール・ポリテクニークの入学試験に二度落ちている。学歴で語れば、彼は失敗者である。

だが彼は、十代のうちにラグランジュやアーベルの原論文を直接読んでいた。教科書ではなく、定義が書かれている側を読んでいた。そして自分の構造を書いてはアカデミーに送り、査読者に死なれ、原稿を紛失され、それでも引き直して送り続けた(※2)。

つまりガロアは、大学に行かずに済ませたのではない。大学が四年かけてやることを、自力で、しかも常人より高い密度でやったのである。例外に見えるものはたいてい例外ではなく、同じ工程を別の場所で通っただけだ。

一歩引くのは、一瞬でできるように見える。時間がかかるのは、どの一歩を引けばよいかを知るところだ。そしてそれを教えてくれるのは本ではなく、自分の引いた線が壊された回数だけである。

※1 太田賢一(@kenichiota0711)「構造化力を身につける方法」X、2026年6月19日。コンピテンシーマップの作成から面接質問への翻訳まで、採用活動を通じて構造化を学んだ過程がまとめられている。

※2 ガロアはエコール・ポリテクニークの入学試験に二度失敗し、エコール・ノルマルに進んだのち政治活動によって除籍された。アカデミーに提出した論文は、査読者の死や原稿の紛失により生前に評価されることがなく、理論が理解されるのは死後十数年を経てからである。

最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。

大河原潤

大河原 潤

AI開発専門家

ブーム以前からAI研究に携わる、本物の専門家。「AIに使われる」のではなく、「AIを使いこなす」確かな技術力を提供します。

【アカデミックな裏付け】

  • カリフォルニア大学リバーサイド校 博士前期課程修了(研究分野:測度論、経路積分)
  • アメリカ数学会のジャーナルに論文発表

【社会的に認められた専門性】

  • AI関連書籍:『誤解だらけの人工知能』(2018年)、『AI×Web3の未来』(2023年)
  • プログラミング専門書:実務的な技術書を2冊出版(確かな実装力の証明)
  • 100社以上のAI導入コンサルティング実績、特許売却経験あり