なぜRAGの見積もりは当たらないのか
——金額を決めているのは、渡される文書の状態です
RAGの構築費用は、実装部分についてはかなり正確に見積もれます。検索の仕組みも、権限の仕組みも、やることは決まっているからです。それでも見積もりが当たらないことがあります。
原因はほぼ一つで、渡される文書が想定と違う状態だったときです。この記事では、何が起きるのかを文書の状態別に書きます。費用の内訳についてはこちらにまとめました。
RAGは、渡された文書を疑いません
最初に押さえておきたい性質があります。
RAGは、入っている文書を
すべて等しく正しいものとして扱います。
人間なら「これは古い版だな」「これは下書きだな」と判断します。RAGは判断しません。意味が近ければ、それが3年前に廃止された規程でも根拠として使います。
だから作業の大半は、実装ではなく「何を入れて、何を入れないか」を決めることになります。ここが読めないと、金額も読めません。
文書の状態と、それぞれで起きること
| 文書の状態 | 起きること | 追加作業 |
|---|---|---|
| テキストで整理されている | そのまま処理できる | なし |
| Word / Markdown | ほぼそのまま。見出し構造も使える | 小 |
| PDF(文字情報あり) | 表とレイアウトが崩れる。2段組みが行ごとに混ざる | 中 |
| PDF(スキャン画像) | OCRが必要。読み取り精度の検証も必要 | 大 |
| Excel | セルの意味が失われる。行と列の関係をどう文章化するか設計が要る | 大 |
| 同じ内容の版が複数ある | どれが正か、人間が決めるしかない | 読めない |
上の3つは、時間さえかければ片づきます。問題は下の3つです。
スキャンPDF:OCRの精度を「確かめる」工程が要る
OCRをかければ文字にはなります。ただし100%ではありません。そして厄介なのは、間違って読み取られた文字は、エラーにならずに検索対象になることです。
「10万円」が「1O万円」(数字のゼロがアルファベットのオー)になっていても、処理は正常に終わります。検索したときに出てこなくなるだけです。
だからOCRそのものより、精度を確かめる工程に時間がかかります。何枚か抜き取って人間が突き合わせる。ここは自動化できません。
Excel:表を「文章」にしないと検索できない
見落とされやすいのがこれです。ベクトル検索は文章の意味を扱うので、セルの値だけを取り出しても意味になりません。
例えば「有給休暇」「20日」「勤続3年以上」という3つのセルを、そのまま並べて取り出しても「勤続3年以上なら有給は20日」という意味は復元されません。行と列の関係を、どう文章に組み直すかを設計する必要があります。
表の形式が統一されていれば一度作れば済みます。部署ごとにフォーマットが違うと、その数だけ設計が必要です。
版の重複:これだけは技術で解決できません
いちばん多く、いちばん厄介なのがこれです。
同じフォルダにこういうファイルが並んでいることは、珍しくありません。
就業規則_2023年版.pdf就業規則_最新版.pdf就業規則_最新版(修正).pdf就業規則_最新版_20240401_田中確認済.pdf
人間なら、更新日を見るなり担当者に聞くなりして判断します。RAGは4つとも「就業規則」として同じ重みで扱います。質問すると、古い規程を根拠にした回答が返ってくることがあります。
しかも間違っていることに気づきにくい。それらしい答えが返ってくるからです。
これは実装で解決できません。
どれが正しいかを知っているのは、人間だけです。
やり方は2つしかありません。入れる前に整理するか、入れたうえで「どれが有効か」の情報を別に持たせるか。どちらも、対象の文書を見ないと工数が出せません。
だから、見積もりの前に文書を見せていただいています
ここまでの話をまとめると、同じ「1万件の社内文書」でも、状態によって作業量が数倍変わります。
| 状態 | 相対的な作業量の目安 |
|---|---|
| テキスト・Markdownで整理済み | 基準 |
| PDF中心(文字情報あり) | やや増える |
| スキャンPDF・Excelが混在 | 大きく増える |
| 版の重複が多く、正が不明 | 整理が終わるまで見積もれない |
だから私たちは、金額をお出しする前に実際の文書を見せていただいています。これを飛ばして出した数字は、まず当たりません。
費用を抑えたいなら、ここが一番効きます
逆に言えば、文書の状態を良くするのが、いちばん確実なコスト削減です。実装をいくら安くしても、この部分は減りません。
効果が大きい順に3つ挙げます。
- 正の版を決める。古い版を別フォルダに移すだけでも効果があります。技術的な作業ではないので、社内でできます
- スキャンPDFの元データを探す。元のWordやExcelが残っていれば、OCRの工程がまるごと不要になります
- 対象を絞る。全社の全文書を最初から入れない。状態の良い文書がまとまっている部署から始めるのが最短です
1番は費用がかからないのに効果が大きい部分です。整理は外注しなくても進みます。
まとめ
- 実装は見積もれる。見積もれないのは文書の状態
- RAGは入っている文書をすべて等しく正しいものとして扱う
- スキャンPDFはOCRより「精度を確かめる工程」に時間がかかる
- Excelは行と列の関係を文章に組み直す設計が要る
- 版の重複だけは技術で解決できない。正を知っているのは人間だけ
- だから見積もり前に実際の文書を見る。数十件でも判断できる
- 費用を抑える最短は正の版を決めること。社内でできて、費用もかからない