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AIとベーシックインカムの未来

2018年に私が著書『誤解だらけの人工知能』で述べたように、AIとベーシックインカムはほぼセットで考える必要がある。その主張から6年が経ち、技術の進歩は私の予測を上回るスピードで進んでいる。2024年には特にRAG(Retrieval-Augmented Generation)が大きく飛躍した。RAGは、AIが外部の知識ベースから正確な情報を取得し、それを基に応答を生成する技術だ。これにより、AIは膨大な専門知識を必要とする業務でも、人間の専門家に近い判断ができるようになってきている。

そして今、私たちは次の大きな転換点を迎えようとしている。AIエージェントの台頭だ。AIエージェントとは、特定の目的のために自律的に行動し、環境に適応しながら課題を解決できるAIシステムのことを指す。例えば、スケジュール管理、文書作成、データ分析などの業務を、人間の指示を待つことなく、自律的に遂行できる。このAIエージェントの出現は、知的労働の在り方を根本から変えようとしている。

スイスのベーシックインカム国民投票から9年。私のAI研究者としての経験から、この出来事の重要性を強く実感している。特に最近、GPT-4のようなAIエージェントの出現により、知的労働の自動化が現実のものとなった今、その意義は一層大きい。私の研究室では、AIエージェントとロボティクスの統合研究を進めているが、その成果を見るたびに、単純労働の完全自動化は時間の問題だと確信している。

韓国の李在明氏による若者への現金給付実験は、このコンテキストで重要な意味を持つ。「初めて社会に受け入れられた」という若者の声は、技術革新時代の社会保障の本質を示している。工場労働者から身を起こした彼が、AIとロボットによる自動化が加速する時代に、ベーシックインカムを掲げて大統領になろうとしている意義は大きい。

アメリカの動向も示唆的だ。200カ所以上のパイロットプロジェクトに加え、OpenAIのサム・アルトマンによる実験では、「意味のない仕事からの解放」という重要な示唆が得られた。これは私たちAI研究者が目指す方向性と完全に一致する。AIとロボットによる自動化は、まさにそういった意味のない労働からの人類の解放を目指しているからだ。

特に注目すべきは、エッセンシャルワーカーの存在だ。医療従事者、介護職員、保育士、農業従事者、物流作業員、清掃員など、社会の基盤を支える人々の仕事は、皮肉にも現在の経済システムでは適切に評価されていない。私たちのAI研究が示すように、これらの仕事こそ、高度な判断力と人間性を必要とする本質的な仕事だ。

現代の資本主義には深刻な問題がある:

  • 富の極端な集中
  • 意味のない仕事の増加
  • 環境破壊の加速
  • エッセンシャルワークの過小評価
  • AIによる失業の増加
  • 社会保障システムの機能不全
  • 巨大投資ファンドによる社会

李在明氏のベーシックインカム構想:AI時代に向けた所得再分配の新たな試み
韓国の元京畿道知事であり政治家の李在明(イ・ジェミョン)氏が提案したベーシックインカム構想は、テクノロジーの進化に対応する経済政策として注目を集めています。調査によると、彼の提案では一般国民に年間100万ウォン(約9.6万円)、19〜29歳の青年には年間200万ウォン(約19.2万円)を支給するという内容でした。

この構想の特徴的な点は、AIやロボットの時代における雇用の変化を見据えた政策設計にあります。李氏は「ロボット税」の導入を主張し、テクノロジーによる生産性向上の恩恵を社会全体で共有するための財源とする考えを示しています。彼は「大衆たちが仕事を失ったとしても購買力は維持できるようにしなければならない」と述べ、技術革新がもたらす恩恵を市民に還元する仕組みとしてベーシックインカムの重要性を強調しました。

「従来の福祉制度では、大規模な雇用の代替が進む未来に十分対応できない」と李氏は指摘しています。この問題に対する解決策として、ベーシックインカムが第4次産業革命時代に不可欠な社会安全網になりうるという見解を示しています。

これらが示すように、AIエージェントとロボットの進化は、従来の労働の概念を根本から覆そうとしている。単純作業の完全自動化が視野に入る中、賃金労働に依存しない新しい社会システムの構築は急務だ。最新のエージェント技術の発展は、この変革をさらに加速させるだろう。

スイスでの挑戦、つまりマネーシステムの改革に向けた動きは、AI時代の経済システムを考える上で重要な示唆を与える。商業銀行主導の現在の通貨システムは、AIがもたらす富の公平な分配を阻害している。特に注目すべきは、スイスの直接民主制だ。AI技術の急速な進展は、従来の政治的意思決定プロセスでは対応が難しい。より機動的な意思決定の仕組みとして、国民投票は示唆に富む。

経済に関する私の研究室での議論で常に強調されるのは、「経済は回すもの」という視点だ。日本の失われた30年は、人々がただ懸命に働くだけでは経済は回らないことを証明した。AIによる生産性向上の恩恵を、適切に社会に還元する仕組みが必要だ。

そして今、AIという強力なツールを持つ私たちには、この社会システムを変革する現実的なチャンスがある。技術の進歩と人類の幸福を同期させる。それこそが、AI研究者としての私の使命だと考えている。私たちの研究室では、AIエージェントとRAG技術の進化が社会にもたらす影響を常に議論している。その中で、UBIの実現は、技術革新がもたらす恩恵を公平に分配するための最も現実的な選択肢だと確信を深めている。

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